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_ / / ― 、⊥ l _ ィ´ 丶  ̄ =- 、 -=ニ _> / ヽ / \ \ -= / \ \ / ヽ ̄ / .ィ / /斧≧ミl / /ヽ ト=- ヽ ´ / // | 弋zノ }/i/ ィ≦ミ l /イ_/ヽム , ヒソ/Ⅳヾ f ̄ヽVヽト γ=-, イ _ィ-f⌒.lー i l 〕ヽ ヽ- / ヽ f .i i .! .i ヽ-、 ̄l Y ヽ ヽヽ _l ヽ、 } / ≧l /`-´ ̄ ヽー= _)ヽ l l }ニニニi≧ュ {ニニ○ニニニハニニニニヽ l l iニニ○ヽニ Y lニニニニニニ/ニニヽニニニヽ l l lニニニ=/ニニl ヽニニニニノニニニニヽニニヽ l l lニニニ/ニニニl  ̄ ̄ヽニニニニニニヽ==ヽ l l lニニ/ニニニニl ヽニニニニニニニヽl l l .l/ニニニニニ.l iニニニニニニ○ } l l lニニニニニニニl 苗木誠著「これがボクの答えだ! すこしだけ前向きになれるデッキ構築」 名前:苗木誠 所持デッキ 【超高級の希望皇ホープver2ZW型】 モンスター22枚 レベル8カオス・ソルジャー -開闢の使者- レベル5ZW-雷神猛虎剣×1 レベル5ZW-荒鷲激神爪×1 レベル5ZW-風神雲龍剣×1 レベル5霊魂の護送船×2 レベル4ZW-一角獣皇槍×1 レベル4アステル・ドローン×3 レベル4フォトン・スラッシャー×3 レベル4召喚僧サモンプリースト×2 レベル4カゲトカゲ×2 レベル4ゴブリンドバーグ×2 レベル4カメンレオン×3 魔法13枚 大嵐×1 増援×1 死者蘇生×1 貪欲な壺×1 サイクロン×3 RUM-ヌメロン・フォース×3 禁じられた聖槍×2 ブラック・ホール×1 罠5枚 奈落の落とし穴×2 活路への希望×1 神の宣告×1 神の警告×1 エクストラデッキ15枚 レベル8えん魔竜 レッド・デーモン×1 レベル8閃珖竜 スターダスト×1 ランク5ZW-獣王獅子武装×1 ランク5CNo.39 希望皇ホープレイV×1 ランク5CNo.39 希望皇ホープレイ・ヴィクトリー×1 ランク4No.16 色の支配者ショック・ルーラー×1 ランク4ガガガガンマン×1 ランク4キングレムリン×2 ランク4交響魔人マエストローク×1 ランク4No.50 ブラック・コーン号×1 ランク4No.39 希望皇ホープ×2 ランク4CNo.39 希望皇ホープレイ×2 デッキ解説 ホープ&ZWデッキver2、前回はランク5軸だったのだが今回はランク4軸。 フォトンスラッシャーとカメンレオンを入れたことによりレベル4を並べてホープを出しやすくなった。 反面レベル5モンスターを揃えづらくなったためZW-獣王獅子武装を出しづらくなったので一長一短。 ZW-獣王獅子武装は霊魂の護送船とアステル・ドローンで呼ぶことになるだろう、 獣王獅子武装でサーチするのは猛虎>雲龍>荒鷲>一角 玄武が優先される。 新しいカードで注目するのはキンググレムリン、このカードの効果により状況によりカゲトカゲ、ゴブリンドバーグ、カメンレオンをサーチして手札に加えることによりデッキの回転率の上昇と次のターンでもエクシーズ召喚が素早くできるようになった。 基本このカードを最初にエクシーズしてデッキを圧縮しよう、アステル・ドローンとフォトンスラッシャーorゴブリンドバーグとエクシーズして キンググレムリン→一枚ドロー→効果発動でフォトンスラッシャーorゴブリンドバーグを落として、サーチをカメンレオンにすれば防御力0なので 次のターンにカメンレオンを召喚すれば効果で墓地から引っ張ってこれアドバンテージを稼げるぞ。 モンスター効果メインのデッキなので、スキドレ、エフェクトヴェーラー、デモンズチェーン、ブレイクスルースキルは勘弁な! エクシーズ召喚&サーチを多用するデッキなためライオウは天敵、素早く排除しよう。 簡易融合のコストでライフが減るのでそこそこ発動しやすかった活路への希望だけど抜かしたからいらないんじゃないかって? 超高校級の希望ゆえ致し方ないのです
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【作品名】ダンガンロンパシリーズ 【ジャンル】ゲーム、アニメ 【名前】十神白夜(超高校級の詐欺師) 【属性】超高校級の詐欺師 【年齢】20歳8ヶ月 【長所】本物の方と違って有能、メンタル的にもイケメン 【短所】超高校級の詐欺師ってこと自体がネタバレ 【備考】苗木誠参照。苗木誠は78期生で狛枝凪斗は77期生。苗木誠の誕生日が2月5日でこのキャラは5月5日が誕生日設定なのに加えて 彼の1年先輩であることも含めると20歳と10ヶ月程。 だが、十神白夜(超高校級の詐欺師)は希望編での最後の数ヶ月後に登場はしてないので 数ヶ月分を引いて20歳と8ヶ月程。 vol.8
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6章裁判に出てきた偽物。狛枝のことではない。 偽苗木 「おかしいって、なんだよ… ねぇ、キミはまだわかってないの? キミ達みたいな″超高校級の絶望″なんて、 本来なら見捨てられて然るべき人間なんだぞ… それを救ってやろうって言ってるんだ! 未来機関の懐の深さに感謝するべきじゃないのか!」 ソニア 「な、苗木さん?どうなさったのですか…?」 偽苗木 「いいから大人しく未来機関に従えよ! 未来機関は…世界の希望なんだぞッ!」 モノクマ 「だ、誰って…どっから見ても苗木くんじゃん! カワイイと評判の苗木誠クンじゃん!」
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「苗木君」 帰りのホームルームが終わると、銀髪の少女が表情一つ変えず、机に突っ伏していた僕の隣に佇んでいた。 思わず出そうになった溜息を呑み込んで、僕は体を起こした。 「霧切さん」 「何を呆けているの?早く帰るわよ」 文字にしてしまえばなんとも味気のない督責の言葉だけれど。 信じてもらえないかもしれないが、というかたぶん彼女自身に言っても認めようとはしないだろうけれど。 今の霧切さんは、かなり機嫌が良い。 声がいつもより高くて、軽やかだ。 先日買った新しいブーツを舞園さんに褒められていたから、たぶんそれが原因だ。 同じ時間を過ごしてみてわかることだけど、霧切さんは感情の変化を表情にあまり出さない。 まず、滅多に笑わない。泣かない。怒る時はあるけれど、それでも顔に出すのはよっぽどだ。 「…苗木君、どうしたの?」 「へ!?あ、ううん…なんでも」 一方で、僕は。 考えていることが顔によく出ると、もっぱら評判である。 霧切さんが訝しげに顔を覗いてくるので、僕は慌てて目をそらした。 表情を探られている心地がしたからだ。 「ゴメン、実はさ…職員室に行かなきゃいけないんだ」 「…そうなの?」 だから僕は、ウソが病的に下手だ。 ギャンブルをすれば、途端にカモられてしまう。『顔色で手札がわかるから絶好のカモですわ』とは、セレスさんの言葉。 舞園さんが僕限定でテレパシーを発動させているのも、やっぱりこの分かりやすさが原因なんだろう。 カマかけにも滅法弱くて、霧切さんや江ノ島さんにはよくからかわれる。 だから、せめてもの対策として。 ウソをついている間は、相手のことを見ないようにしているんだ。 「急に僕だけ面談みたいなのに呼び出されてさ…はは」 「…そう」 無理がある。こんな時期に面談なんて、まずないだろう。 「どれくらいかかるの?」 「え?」 「待ってるから、さっさと済ませてきて」 ああ、今日の霧切さんはホントに、嫌になるほど機嫌が良い。 いやいや、別に彼女の機嫌が良いことがダメだと言っているわけじゃない。 ただこの申し出が、僕にとっては都合が悪いものだ。 そういう意味。 普段の彼女なら、『そう、頑張ってね』と言って先に帰ってしまうだろう。 もちろん頼めば待っていてもらえるけれど、待たされた分の機嫌は損なわれる。 一方で、僕は。 「いや、それが何の用事か知らされてないんだ…け、結構かかるかもしれない、から…」 「構わないわ」 割と、機嫌が悪い。 「ううん、悪いよ…先に帰っていてくれる?」 機嫌が悪いというと、少し語弊があるかもしれない。 別に「僕今怒ってます気を使ってください」みたいなアピールをしているわけじゃない。 イライラしているわけじゃなくて、どっちかっていうとへこんでる。テンションが低い。そんな感じ。 誘ってもらった上にそれを断って、なんて、いつもの霧切さんだったらどうなるだろうか。 おそらく1オクターブは声のトーンが低くなる。『…そう』と言って、先に帰ってしまうだろう。 もしくは『苗木君のくせに生意気云々』と因縁をつけられるかもしれない。 さて、今回の彼女の反応。 「そう?じゃあ…先に帰るけれど」 ドキッとする。 いつものツンツンした霧切さんもいいけれど、今日のようなしっとりとした霧切さんも新鮮。 表情は何一つ変わらないのに、仕種や声の高さで、ここまで違いが出るものだろうか。 教室を出て去り際に、彼女は振り返る。 「そういえば、今日のマコの餌当番…苗木君と不二咲さんよ。忘れないでね」 そう言い残して、霧切さんは寮へと戻って行った。 マコというのは、先月から僕達が寮で飼っている犬のことだ。 元は捨て犬で、僕と霧切さんが拾ってきて、みんなで世話をすることを条件に飼わせてもらえたんだ。 あの頃から、彼女との距離が少しずつ近くなった。 まだお互いの像は上手く掴めず、手を伸ばして互いを探り合っているような状況だけど。 セクハラ(誤解だけれど)も何度かあったし、殴り合い(一方的な)もしたし。 くだけた話も出来るようになった。 正直に言えば、その頃から彼女を明確に意識しだした。 それまでは無意識…と思っていたけれど、周りから見たらどうもそういう感じだったようで。 そして、だからこそ。 僕は最近、意図的に彼女と距離をとっている。 ―――――――――――――――――― 最近、一緒に帰っていない。 そう感じたのは、昨日一人きりで寮まで戻る道の途中で。 どうも最近、何か物足りなさに似た違和感を感じていたところだ。 いつもなら、苗木君の方から誘ってくれるから、気が付かなかった。 一緒に帰る、といっても、本当に寮まで一緒に歩くだけだ。 途中売店に寄ったり、そのままどこかに出かけてみたり、というのは時々あるけれど。 寮に戻るまでの数分間、ゆっくりと歩き、他愛のない話をする。 そんな、普通の学生生活。 どうも彼とのそういう時間には、ファーストフードのような庶民的な魅力がある。 ある時突然、ふと恋しくなるのだ。 そんなわけで、 『何を呆けているの?早く帰るわよ』 珍しく自分から、勇気を出して誘ってみたわけなんだけれど。 というか、私の誘い方も、アレはない。 上から目線すぎる。 もし私が苗木君に同じように誘われたら、絶対に乗ってやらない。 まあ、それは追々改善していくとして。 苗木君は、調子が悪そうだった。 何か困ったことがある時に、諦めたように笑うのは彼の癖だ。 私を避けているようにも感じた。 知られたくない用事でもあったんだろう。 職員室に呼ばれたというのも、怪しいところだ。 呼ばれたのなら、ホームルームが終わった後も自分の席を動かずにボーっとしているのはおかしい。 コツ、コツ、と、小気味良い音を鳴らして、ブーツが床を蹴る。 思い切って買った、少し根の張るブランド物。 舞園さんはすぐに気が付いて、似合うに合うと誉めてくれた。 私は、年頃の乙女(苗木君に聞かれたら失笑されるだろうが)にしては、ファッションに疎い。 このブーツも気に入ったはいいけれど、似合わなかったらどうしようと不安に駆られながらの登校だった。 でも、舞園さんのお墨付きなら、これでどこに出かけようと恥ずかしくない。 探偵稼業から学園生活に身を移して、久しぶりの贅沢。 本当はこのブーツの感想を、苗木君にも聞きたかったんだけれど。 まったく、そこに気づかないところが甲斐性無しというか朴念仁というか。 とにかくそんなわけで。 一緒に帰ろうとしても断られ、手持無沙汰になった放課後。 どう過ごそうかを考えあぐね、植物園でも覗いてみようかと階段を上りはじめた、その時だった。 カララ、と、乾いた音。 何の気なしに振り返ると、今し方出てきた教室の扉が開いて、苗木君が顔を出していた。 「…」 何かを探すように、辺りを見回している。 彼の位置からは見えないのか、どうやら私のことは見えていないようだった。 ふと、好奇心を駆られる。 まるで犯行現場から逃げ出す犯人のような足取りで、彼が教室を抜け出すものだから。 探偵としての性だろうか。いやむしろ、人としての性だ。 つけまわしてみたくなるのは。 いつもよりだいぶ早足の彼は、職員室とは正反対の道を進んでいる。 私が苗木君に同じことをされたら、きっと憤慨して彼を責めるだろう。 いや、まず彼に後ろを許してしまうような不覚はとらないけれど。 というかそれ以前に、そもそも私をつけまわすようなこと、彼はしないだろう。 なんて理不尽なことを頭の中で考えながら、私は道順を追う。 階段を下りて、一階へ。 玄関ホールを通り過ぎる。 そして寮の通用口を通り抜け、食堂の前。 目に厳しい真っ赤なタイルで張られた廊下を―― うん? なんだ、これ。 寮の居住区域に戻ってきてしまった。 ああ、これから誰かの部屋に行くんだろうか。 友人?それとも… なんて、センチメンタルな妄想をはべらす暇も無しに、 「はぁ…」 『超高校級の幸運』に似合わぬ暗い溜息を吐いて、彼は自分の部屋の中に吸い込まれるように入ってしまった。 取り残された私は、何が何だか分からずに、自分の部屋で立っているだけ。 「なんなのかしら…」 寂しさを紛らわすための独り言は、私を一人残して壁に吸い込まれていった。 ―――――――――――――――――― 「はぁ…」 再び大きな溜息を吐いて、僕はベッドの上にダイブする。 バネの強いベッドは、僕の軽い体なんか簡単に跳ね返す。 ぽーん、と体が宙に浮いて、滑稽なポーズのままベッドの反対側に投げ出された。 「いてっ!」 そのまま地面に打ちつけられる。 まるでコントみたいな流れだったけれど、笑ってくれる相手は部屋の中にはいない。 この部屋には僕だけ。あとは虚しさが漂っている。 悔し紛れにベッドを殴ってやろうかとも考えたけど、やめておいた。 物に当たるなんて大人げない、というのが建前。 どうせこのベッドは、僕の小さな拳を簡単に受け止めて、同じように跳ね返してくるんだろう。 宙に漂う虚しさを呑みこんで、僕は大人しくベッドのに横になった。 『超高校級の平凡』。 いつからか、僕についたあだ名だ。 からかいや蔑称で使われる時もあれば、その逆もあったりする。 僕がおどけて自称することもある。 好みのゲームや音楽は、だいたいそのジャンルのトップに位置している。 容姿も性格も、知恵も身体能力も。どこにでもいる、平凡な学生。 それが、このあだ名の由来だ。 僕も、そのあだ名を自称する。 僕は平凡だ、そう思っていたから。 それは正しかった。 僕は平凡だ。 世の一般人と比べれば。 どこにでもいる、という言葉を使ったけれど。 それはこの学校に限り、例外だ。 ここは希望ヶ峰学園。 『超高校級の高校生』が集う、エリート中のエリート校だ。 一般人なんて、どこにもいない。 僕と彼らの差は、至る所で見受けられる。 例えば、先日行われた体力測定でもそうだ。 授業の一環として行われるので、その規模はクラスごとなわけで。 数字という目に見える形で表されて、初めて僕はクラスメイトとの差を、現実を思い知った。 コン、コン 控え目にドアがノックされる。 「苗木君、いる?」 女子よりもかぼそい声。不二咲さんの声だ。 そういえば今日は、餌当番だっけ。 扉を開けると、ジャージ姿の不二咲さんが小さくなっていた。 「ゴメンなさい…もしかして寝てた…?」 「大丈夫。そろそろ行く?」 「う、うん」 友達付き合いと言えるのかどうかは分からない。 例えば一緒に二人でどこかに出かけるわけでもないし、互いの部屋に入ることもほとんどない。 けれど、僕と不二咲さんは、不思議と気が合った。 具体的に言えば、僕と不二咲さんは体育見学の常習犯だ。 一緒になって休んだことも、一度や二度じゃない。 病院の同室に入院しているような、妙な連帯感というか仲間意識というか。 『なんかさ、自分の得意な分野じゃ誰にも負けないって胸を張れるんだけど…』 いつかの授業中に、不二咲さんが口にした言葉だ。 『こうもはっきり負けると、やっぱり悔しいよね』 その言葉は僕に宛てたものか、それとも自分に向けていたのか。 きっと彼なりに、純粋に悩んでいるからこそ呟かれた言葉だ。 そして僕は、何の気なく発せられたその言葉に、出口のないトンネルに放り込まれた気分にさせられた。 自分の得意な分野なんて、僕には存在しない。 僕は『超高校級の幸運』。 まぐれでこの高校に入学を認められただけだ。 例えば子どもの頃は野球少年団に通っていたし、国語だって結構得意だった。 けれどそれは、あくまで一般人のものさしだ。 100から見れば、0と1に大差なんてない。 宇宙から見れば、人間と塵芥を見分けることはできない。 そういう絶望的に遠い距離が、絶望的に高い壁が、僕と彼らの間にある。 わかっていたけれど、わかっていなかった。 近づけば近づくほど鮮明に、僕はその遠さを、高さを知る。 「苗木君…?」 「へ?…あ、うん、ゴメン…今行く」 不二咲さんが心配そうな顔で、僕を見上げていた。 表情を読まれている気がして、僕は反射的に顔を上げて、彼より数歩先を歩くことにした。 40%超。 『超高校級の幸運』枠で入学してきた生徒の、途中退学率だ。 中には病気による留年や、海外の姉妹校への留学もあるけれど、その大半が転校と中退で占められている。 学校側が提示している情報のようだから、確証は持てないけれど。 辞めていく生徒はけっして、いじめられたりなんてことはないらしい。 プレッシャーに耐えられなくなって、自分から申し出るのだ。 過去には自殺未遂まであったらしく、当時の雑誌の切り抜きまで見てしまった。 その雑誌の切り抜きに、言われている気がしたんだ。 これが普通の反応だ、と。 『超高校級の幸運』として入学した一般人が、超人との差を思い知った時。 こうなるのが普通の反応なんだ。 「な、苗木君…」 また声をかけられて、ハッとした。 数歩先を歩いていたつもりが、いつの間にか不二咲さんが正面に立っていた。 「大丈夫?顔色悪いし、すっごく怖い目つきしてたよ…」 「…ごめん、今朝からちょっと、お腹が痛くてさ」 「ええ、本当!?じゃあ寝てた方が…あ、マコの餌は僕が一人であげてくるから…」 「いいんだ、気にしないで。もう治まったから」 汚い嫉妬。自己嫌悪。ループ。 彼らと自分との差は幾度も目にしていたのに、意識したのは、本当に最近になってからだった。 ―――――――――――――――――― 「苗木君、帰るわよ」 翌日、放課後。 私はなるべくいつも通りの調子で、彼に話しかけてみた。 振り向いた彼の笑顔に、不自然さというか、ぎこちなさを感じる。 「ごめん、今日ちょっと、桑田君たちと出かけるんだよね…」 「…そう」 彼は、ウソが病的に下手だ。 桑田君は、今日は数学の補習があるため出かけられないと、ついさっき大声で嘆いていた。 口裏合わせや下準備という概念が、彼の中にはないんだろうか。 けれどそれを追求しても、なにがどうなるわけでもない。 「また明日ね、苗木君」 「うん…また明日」 すぐばれるウソなら、つかなくていいのに。 その日も私は、彼のあとをつけてみた。 前日同様、彼は真っすぐ自分の部屋へ向かった。 時々部屋の前を通ってもみたけれど、ずっと部屋の中に籠もっているようだった。 ―――――――――――――――――― 「40%…」 あの数字を見てから、ふと自分もこの学校を辞めたら、という仮定考えることがある。 考えるだけなら自由だ。いくらでも出来る。 退学でも、転校でも。 形はどうであれ、この学校から離れることができれば何でもいい。 もし、この学校を辞めたとして、それからどうするだろうか。 もしかしたら、舞園さんや不二咲さんや、近しい友人たちは、少しは名残惜しんでくれるかもしれない。 それでもやっぱり僕みたいな凡人が、他の人の記憶に残ることはないだろう。 時間とともに薄れ、忘れ去られていく。 そして、別の学校で暮らす自分を想像する。 同じような趣味を持ち、同じような悩みを持ち、同じような希望を持つクラスメイト。 平凡な授業、平凡な友人、平凡な恋愛。 もしかしたら転校生という理由だけで距離を置かれたり、いじめを受けたりもするかもしれない。 もし、そうなったら。 今とどちらが辛いだろうか。 眠りもせずにベッドに横になっていると、沈鬱な妄想に囚われてしまう。 最初はこんな妄想をするのも、それほど頻繁じゃなかった。 例えば音楽を聴いたり、友人と遊びに出かけているうちにどうでもよくなってしまうような類のもの。 少し前から、夢を見るようになった。 別の高校で学校生活を送る夢。 日を追うごとに、それはだんだんリアルになる。 最近ではその妄想に身を委ね、この現状に憂うフリをして悲劇の主人公を気取っている自分がいる。 みんなが聞けば、きっと笑うだろう。 ちっぽけな悩みだと。 彼らからすれば、きっと本当にちっぽけなことなんだ。 ―――――――――――――――――― 「苗木君、一緒に帰りましょう」 なるべく柔らかい口調を意識して、誘ってみる。 もしかしたら昨日までのは誘い方が悪かったのかもしれない、なんて小さな言い訳をして。 けれども振り向いた彼からもらった返事は、想定通りのものだった。 「ごめん…今日はちょっと…」 よく見ると、目の下にクマが出来ていた。 もっと強引に突っ込んで聞いてみれば、その理由を教えてくれるかもしれない。 けれど、それじゃ取り調べだ。 大切な…友人に、そんなことはできない。 ここ数日、彼はずっとこんな調子だ。 私が避けられているだけかとも思ったが、見ている限りでは他のクラスメイトにも同じような反応を示している。 何かを尋ねても生返事ばかり。無表情か、枯れたように笑うかのどちらか。 一体何に悩んでいるのかは、見当はつかない。 でも、話してくれればいいのに。 私じゃ力になれるかどうかは分からないけれど、話を聞くくらいなら出来るのに。 「…分かったわ、また明日」 「うん…ゴメンね」 ―――――――――――――――――― ピリリ、ピリリ。 聞き慣れない音楽を鳴らして、ケータイが私を呼ぶ。 「…お兄ちゃん?」 この曲で指定した相手は一人しかいない。 その上、電話で話す時はいつも私から掛けるので、この着信音を聞くのはかなり久しぶりだ。 珍しいこともあるもんだと思いながら、私は通話ボタンを押した。 「もしもし?どしたの?」 『あ、うん…今、大丈夫?』 「ダイジョブだよ。暇してたし。何か用?」 『いや……元気かな、と思って』 「何それ…気持ち悪っ」 『茶化すなよ』 「まあ、元気だよ。お父さんもお母さんも、相変わらず。代わる?」 『いや、いい』 「…なんかあったの?」 何かおかしいということは、すぐに分かった。 電話口から聞こえてくる言葉は、紛れもなくあの冴えない兄貴の言葉だったけど。 『うん、まあ、あの…色々』 「ふーん」 ぼかすということは、言いたくないんだろう。 私だって別に、聞きたくはない。 まあ、向こうから話してくるんなら、聞いてやらないこともないけど。 『あの、さ』 「ん?」 『例えば僕が…急に学校辞めたいとか言い出したらさ』 「は!?」 驚いて大声を出してしまう。 音割れが自分の耳にまで響いて、思わずケータイから顔を離した。 『た、例えばの話だよ』 「何、学校辞めたいの?」 『…母さんと父さん、どんな反応するかな』 「まあ、良いって言ってくれるんじゃない?少なくとも表面上は」 『…そっか』 「あのさ」 『うん』 「お父さんもお母さんも、希望ヶ峰学園の入学が決まってさ」 『すごい喜んでたな。覚えてるよ』 「…」 『…』 「お兄ちゃん、ホントどしたの?いじめられてるとか?」 『そんなんじゃないから』 「あー、やっぱりか…そりゃ、超人の集まるクラスに凡人一人だけだと浮くよね」 『聞けって…』 「寂しくなったらいつでも、私に電話してくれていいんだよー?」 ブツッ、ツー、ツー、ツー。 「ありゃ、からかいすぎたか」 通話状態を終了して、私はケータイを机に置き、ベッドの上に身体を投げ出した。 ホント、急にどうしたんだろう。 「…まさか、ホントにいじめられてんのかな」 あの兄に限って、それはないだろうと思うけど。 ―――――――――――――――――― 「苗木君、よかったら一緒に帰らない?」 最大限の譲歩。 後で思い出して後悔するくらいの、精いっぱいの明るい声に、精いっぱいの笑顔。 キャラじゃないだろ、と、自分の中でツッコミが入る。 「や、ちょっと…」 苗木君は相変わらず、苦しそうに笑うだけだ。 ここまでアピールしてもダメだと、もはや笑えてくる。 私は作り笑いを止めて溜息を吐く。 「今日の放課後も、相変わらず忙しいのね」 「ゴメン…」 見るからに覇気がない。 ロボットと話している気分だ。 「最近、元気がないようだけど」 「…」 「悩みごとでもあるのかしら?」 「や、特には」 尋ねられた質問に、曖昧な返事を返すだけ。 心なしか、声も小さく掠れて聞こえる。 なんだかムカムカする。 こんなの、全然苗木君らしくない。 友人たちと馬鹿騒ぎしてみたり、私にセクハラじみたことをしてきたり。 そんな普段の彼が、ここ数日、いやもしかしたら数週間、なりを潜めていた。 そのせいなのかは知らないが、最近クラス全体の雰囲気がどんよりと沈んでいる。 舞園さんなんかは特に顕著で、苗木君に引きずられるようにして、溜息を吐くことが増えた。 普段は苗木君と一緒にいる友人たちも、彼がいないと調子が出ないのだろう。 一見いつも通り騒いでいるが、その実は無理のある空笑い。聞いているこっちが痛々しくなるほどの。 「何に悩んでいるのかは知らないけど」 そういった諸々の事情だったり、私自身の苛立ちだったり。 それらを踏まえて、とうとう私は突っ込んだ。 「一緒に帰ろうと誘っても断るし、そのくせ大した用事も無しに独りで帰っているみたいだし」 「…」 「私と一緒に帰るのが嫌なら、はっきりそうだと言ってくれない?」 冗談のつもりで言った。 ふざけているわけじゃないけれど、彼は否定してくれると思ったのだ。 そしたら、そこから悩みを聞きだす足掛けが作れるから。 「…ゴメン」 彼は一言、そう呟いただけだった。 『ゴメン』? ごめんなさいってこと? どういう意味? 『嫌ならはっきり言え』、に対して、『ごめんなさい』。 あ、そうか。告白を断るときなんかに、よくある返しだ。 『付き合ってください』、に対して、『嫌です』だと棘があるから。 『付き合ってください』、に対して、『ごめんなさい』。 それと同じ。 つまり、ああ、そうか。 「…そう。わかったわ」 「…」 私は断られたのか。 「気が付かなくて、ごめんなさい」 「…」 「安心して。明日からはこんなにしつこく誘ったりしないから」 「…ゴメン」 「…何よ…」 「…」 「ゴメンって、どういうこと…?」 「…」 「ちゃんと言葉で、断ればいいでしょう…!?」 言いたいことは口にすると、約束してくれたのに。 その約束すら、もはやどうでもいいんだろうか。 声は震えていた。声だけじゃない。体中が震えだしそうだった。 誤魔化すために、怒鳴ろうとした。 けれど肺も震えていて、まるで押さえつけられているみたいに、上手く息が吸えない。 「ゴメン」 下を向いたまま、ただそれだけ。 その言葉は弁解でもなく、説明でもなく、そして謝罪ですらない。 まるで免罪符のように、かざされるだけ。 ぐ、と、熱い血液が頭の中に流れ込んできた。 右腕を振りあげそうになって、やめる。 暴力に訴えて、何かが解決するわけじゃなかった。 断られたことのショックで、私はそこに立ち尽くしていた。 怒っているのか、悲しんでいるのか、自分でもよくわからなかった。 苗木君はじっと、机の表面に目を落としていた。たぶん、何も見ていないんだろう。 理由を聞こうとしたけれど、なぜか息が吸えなくて。 カララ、と、乾いた音がして、教室の扉が開いた。 「あれ、霧切さんと…苗木君?」 小動物がおどおどと、教室の入り口からこちらを見ている。 「…不二咲さん。どうかしたの?」 「ちょっと、トイレに行ってて…二人こそ、何してるの?」 「…何もしていないわ。不二咲さん、よかったら一緒に帰らない? 「あ、うん、いいよ。苗木君も…」 「彼は用事があるそうよ」 「そう、なの?」 彼はまだ、机に目を落としていた。 おそらく梃子でも、こちらを見ようとはしないだろう。 私は彼に背を向けて、教室を後にした。 ―――――――――――――――――― 霧切さんは怒っていた。顔を見なくても、声で分かる。 当然だ。僕はそのくらい酷いことを言ったんだから。 もしかすると、明日からは口を利いてもらえないかもしれない。 でも、しょうがないんだ。 教室から顔を出して、二人が帰ったのを確認する。 今日は学園長室に呼ばれていた。 「…失礼します」 「おお、よく来たね。掛けてくれ」 穏やかそうな顔をした、初老の男性。 希望ヶ峰学園の学園長にして、霧切さんの実の父親。 言われるがままに、ソファーに腰をかけた。 柔らかくて、どこまでも沈んで行く心地がした。 「響子がいつも世話になっているね」 「いえ」 耳が痛い。 ついさっき、アレほど手酷い仕打ちをしたのに。 「あれも君に出会って、だいぶ柔らかくなったよ。まだ私のことを、父親だとは認めてくれないみたいだが」 「…そう、ですか」 「ああ、済まない。関係な話をしてしまったね」 「いえ、大丈夫です」 「本題に入ろうか」 湯呑に注がれた緑茶には、茶柱が立っていた。 『超高校級の幸運』だってさ。 お茶にまで馬鹿にされている気がした。 「自主的な中途退学のためには、君本人と保護者の方が署名した退学届が必要となる」 ―――――――――――――――――― 「苗木君のことなんだけどね…」 いつもは彼と二人で歩いていた廊下。 不意に不二咲さんが、そんなことを口にした。 「やっぱり何か、悩んでるよね」 「…そうかしら」 どうでもいいフリを装う。 不二咲さんにではなく、自分に宛てて。 気にかけているのは本当なのに、彼にあんなことを言ってしまった手前、素直に頷くのは憚られた。 「あの、さ」 「何?」 「希望ヶ峰学園のまとめサイト…見たことある?」 その話は何度か、苗木君にされた記憶がある。 確か、希望ヶ峰学園に入学した生徒全ての情報を、有志が集まって編集しているサイトだ。 本人の顔写真から始まり、家族構成や過去の功績がどんどん載せられてしまうらしい。 もちろん、根も葉もない噂やただの悪口が書き込まれることもあるみたいで。 「見たことはないわ、話には聞いているけど。それがどうかしたの?」 「…40%」 「は?」 何か恐ろしい呪われた言葉でも吐くかのように、不二咲さんは怯えた様子で言った。 「各年特別枠として設けられる『超高校級の幸運』の中退率…だって」 心臓が、跳ねる。 中退。学校を辞めるということ。 なぜかその言葉を聞いて、最近やつれていた彼の姿が思い起こされた。 「中退する一番の理由は…というか、それがほとんどだったんだけど」 「プレッシャー、周囲との壁、劣等感…そんなところかしら?」 「う、うん、そう」 どうやら不二咲さんも、考えていることは私と同じようで。 目を潤ませて、今にも泣き出しそうな顔でついてくる。 「ね、大丈夫だよね…?苗木君、学校辞めたりしないよね…?」 苗木君は、『超高校級の平凡』とも呼ばれている。 蔑称なのかからかいなのかは分からない。 けれど彼自身もそれを受け入れて、自分をそう呼んでおどけて見せることもある。 私たち『超高校級の高校生』は、ある分野で突出した才能を見出され、この学園にスカウトされる。 自分で言いたくもないけれど、いわば選ばれた存在。 そして、だからこそ。 それに付き纏う孤独や苦悩と闘ってきた。 他人に理解されない悩みもあれば、周囲からのあからさまな嫉妬や敵視に揉まれたこともある。 私たちを取り巻いていたものは、羨望の目か、敵か。常にその二つだった。 そんな私たちにとって、『超高校級の平凡』である苗木誠が、どれだけ大切な存在だったか。 彼はいわゆる、普通の友人だった。 くだらないことで笑い合ったり、一緒に出かけてみたり、喧嘩したり、仲直りしたり。 彼といる時間は、そんなありふれた日常で溢れている。 私たちに用意されていなかった『平凡』を、彼が届けてくれるのだ。 彼にはどれほど力説しても伝わらないだろう。 学友と一緒に帰る、たったそれだけの日常を、どれほど私たちが渇望したか。 たったそれだけの平凡が、どれほど私たちにとって貴重なものか。 「辞めたりなんかしないわ、彼は」 それは確証ではなく、願望だった。 「少なくとも、私たちに何の相談も無しに、そんなことする人じゃないでしょう?」 「そ、そうだよね」 「そうよ」 きっとそうだ。彼が黙っていなくなるなんてこと、あるわけがない。 最近の彼がおかしいから、こっちの調子まで狂わされてしまった。 迷惑な話だ。 別に変な意味はないけれど、帰ったらちょっとマコをからかってやろう。 ―――――――――――――――――― ガタン、と扉が開いて、僕と学園長はそろって目を向けた。 まるで映画のワンシーンみたいに、蹴り飛ばして開けたんじゃないだろうか。 それくらい勢いよく、扉が弾けた。 「今、なんて言ったの…!?」 霧切さんが、立っていた。 顔を真っ赤にさせている。 学園長を一瞥して、ツカツカとブーツを鳴らして部屋に入り、僕の目の前まで来る。 すごい剣幕だった。 彼女が感情を顔に出すなんて珍しいな、と、僕は他人事のように思った。 「…霧切さ「来なさい、すぐに。話があるわ」 ぐ、と、すごい力で腕を握られる。 僕は思わず眉をしかめて、学園長の方に目を向けた。 「響子」 学園長が霧切さんを呼ぶ。 いっそう目を吊り上げて、霧切さんは振り返った。 「突然お邪魔して申し訳ありません、学園長。失礼ですが、生徒は名字で呼ぶのが一般常識では?」 「…そうだな、すまない。霧切君、悪いが苗木君は面談中だ。話は後にしてくれ」 嫌にピリピリした空気が、部屋の中を漂っている。 まるで高濃度のガスの中にいるみたいな。 少しでも火花が散れば、大爆発。そんな気分だ。 そしてそんな危うい状況に自分がいることを、僕はやっぱり他人事のように眺めていた。 胸の奥で誰かが、どうでもいい、と呟いた。 後編へ続く
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超高校級の絶望 ■性別 女性 ■学年 1年生 ■所持武器 絶望 ■コスト 10 ■ステータス 攻撃:0防御:0体力:5精神:5FS(絶望力):20 絶望の感染 効果1 精神1ダメージ 時間 永続 対象 MAP全体の敵味方無差別(このキャラ自身も対象に含まれる) タイプ 瞬間型 スタイル:パッシブ 制約:偶数ターンのみ発動 効果2 精神攻撃による即死 時間 特殊(※) 対象 MAP全体・敵味方無差別(もしもこのキャラが発動時に精神0であれば対象に含む) タイプ 瞬間型 スタイル パッシブ 制約:体力2以上のときのみ発動 (※) 最終ターン後攻フェイズ終了時に発動 発動率100% 成功率100/0% 能力原理 体は絶望で出来ている。 血潮は絶念で、 心は銷魂。 幾たびの戦場を越えて不滅。 ただの一度も希望はなく、 ただの一度も理解されない。 彼の者は常に独り 死屍累々の丘の上で絶望に酔う。 故に、生涯に意味はなく。 その体は、きっと絶望で出来ていた。 キャラクター説明 飽きっぽい以外の素性はまったく不明だが、容姿端麗、すべてにおいて天賦の才を与えられた完璧な人間だとか、それだからこそ超高校級の絶望なのだと噂されている。
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不二咲さんを慰めて部屋まで送り、部屋に荷物だけ置いて、私はそのまま玄関へ向かう。 二枚の皿と、少し高いペット用の缶詰を持って。 「餌の時間よ、マコ」 わん! 玄関を出てそう呟くと、鎖を鳴らして白い影が飛び込んでくる。 走ってきたその犬は、私に飛びかかってくるんじゃないかというくらいの勢いで突っ込んできたが、 すんでのところで鎖が伸び切り、首輪に引っ張られて引き戻され、きゅう、と情けない声をあげた。 それでも余程餌を待ち焦がれているのか、自分の首が締まるのも構わず、 ずるずると地面をひっかいてこちらに来ようとしている。 けれど、 「待て」 私がそう言うと、即座に数歩下がってその場に腰を下ろした。 「ホント、馬鹿なんだか素直なんだか、わからないわね…」 苗木君が言うには、マコは私に一番懐いているらしい。 こうやって躾を覚えさせたのは苗木君なのに、100%で言うことを聞くのは私の方だそうだ。 『僕が拾って来たのになぁ』 声の調子と対照的に、彼の顔は全然悔しくなさそうだった。 二、三週間前までは、ああやって屈託なく笑っていたのに。 二枚の皿に、餌と水をそれぞれ入れて目の前に置く。 「食べていいわよ」 そう合図すると同時に、マコは皿に顔を突っ込んだ。 尻尾が勢いよくブンブンと振られているのを見て、微笑ましい気持ちになる。 そっと、背中を撫でる。 マコはこちらを一瞥して、それからまた餌に視線を戻した。 尻尾が一段と激しく振られている。 「これくらいわかりやすければ、苦労はしないんだけど…」 「誰が?」 「――っ!!?」 あまりに突然だったので、私は思わず立ち上がってしまった。 誰もいないと思って口にした独り言に、返事が返ってきた。 「戦刃、さん…」 少し後ろの柱に、彼女は背を預けて立っていた。 相変わらず眠そうな目で、ぼんやりとこちらを見ている。 「いつから、そこに?」 まだ悲鳴をあげている心臓をなだめすかして、私は尋ねた。 「『マコ、餌の時間よ』から」 「つまり、最初からね…」 ふう、と、溜め息が出た。 後ろに立たれていることにも気がつけなかったなんて、少しショックだ。 「今日の餌当番…私もなんだけど」 「あ…」 「声をかけてくれなかったから…行った方がいいのかわからなくて」 あまりにもテンションが低いので、何を考えているのか分からない。 「私は邪魔…?そうなら、戻るけれど」 「そ、そんなことないわ」 「…なら、いい」 戦刃さんは私の隣まで来て、その場にしゃがんだ。 マコは彼女に気が付いたのか、また顔をあげると、 わん! と、高い声で鳴いて、じっと見つめている。 不思議な人だ。 「…最近、クラスが暗い」 あなたがそれを言うか。 「どう思う?」 「え?」 「クラスが…」 理解するまでに、数秒。 なるほど。 彼女なりに、世間話をしようと気遣ってくれているんだ。 私としては何も喋らないままでも、それはそれで落ち着くからいいんだけど。 「…そうね。まるでお葬式を見ている気分ね」 「苗木」 「苗木君が?」 「あいつが元気が無いから、みんな暗いんじゃないかなって。霧切は、何か知らない?」 「…なぜ、それを私に聞くのかしら」 「別に。気づいていないなら、いい」 気づくって、何に? 何であなたは、そんなに苗木君のことを分かったように言うの? もやっとする。 そうして、次の言葉を紡ごうとした瞬間。 「さっきも学園長室に呼ばれていたし」 そんな彼女の言葉に、私の言葉は掻き消された。 「…今度はそういう言い訳を使ってきたのね」 「言い訳?」 「彼、最近クラスメイトと距離を置いているみたいで…ウソの用事をでっちあげているのよ」 私のその言葉に、戦刃さんは目を丸くした。 そして、 「私は、実際に苗木が学園長室に入って行くのを見ただけだけど」 そう、教えてくれた。 ぐらり、と、目の前の風景が歪む。 苗木君があの人に? 何の用事で? やつれた苗木君の姿が頭に浮かんだ。 何を話しかけても生返事で、クラスメイトを避けていて―― 『苗木君、学校辞めたりしないよね…?』 不二咲さんとの会話を思い出す。 ドクン。 心臓から冷たい血が、全身に押し出される。 「…戦刃さん」 「いいよ」 「…」 「行ってきても。マコの世話は、私がやっておく」 「ありがとう、色々と」 「そっちのマコは、任せるから」 きっと冗談のつもりだったんだろう。 戦刃さんは穏やかにほほ笑んだ。 こんな笑顔も出来るのか、と、口には出さずに呟いて。 私は彼女に背を向け、走り出した。 「…まあ、人間よりも犬を世話する方が楽だからな」 後ろで何か独りごちていたが、耳には入ってこなかった。 足取りは、早歩き。次第に大股、駆け足、一段飛ばし。 廊下をまさかの全力疾走。 どこぞの風紀委員に見つかれば、ただじゃ済まないだろう。 でも、今はそんなことを気にしている余裕はない。 嫌な予感とか、虫の知らせとか、そんな陳腐な言葉で飾るにはあまりに揃いすぎていた。 まるで舞台劇のように、あらかじめ用意されていたみたいに。 フラグ、というやつだろうか。 そして、息を切らせながら、 この学校の中で一番開けたくなかった扉を、私は目の前にしている。 扉の向こうにいるのは、かつて私を、母を、霧切の名を捨てたロクデナシ。 そこには原稿用紙を何枚渡されても書き記せないほどの恨み辛みがある。が、今は省略。 それよりも大事な事が、今はある。 そっと壁に近づいて、耳をそばだてた。 幼い頃に聞きなれた父の声と、それとは別にまたよく聞きなれた中性的な声とが聞こえる。 「自主的な中途退学のためには、君本人と保護者の――」 ああ、ダメだ。 当たって欲しくない予感ほど、当たってしまう。 まるでパズルのピースが、一つ一つ嵌まっていくようにして。 私の頭の中で、結論付けられた。 苗木君は、学校を辞めようとしている。 ――どうして…! その『どうして』は、 どうして辞めてしまうの、という純粋な疑問だったかもしれない。 どうして私には相談してくれなかったの、という理不尽な憤りだったかもしれない。 とにかく、次の瞬間。 私はこの世で一番開けたくなかった扉を、殴る様にして開けていた。 ―――――――――――――――――― 「これは苗木君個人の問題だ。関係のない君が口をはさむべきじゃない」 霧切さんと学園長の間にある確執は、なんとなく知っていた。 本人たちの口から直接聞いたわけじゃないけれど、学園長もそんなことを匂わせていたし。 それに、まとめサイトにも似たような噂はあったから。 霧切さんも余程毛嫌いしているらしくて、普段は視界にも入れたくないとまで言っていた記憶がある。 その、霧切さんが。 「関係あります。彼は私の大切なクラスメイトです」 感情をむき出しにして、学園長に噛みついていた。 学園長は、寂しそうに、そして満足そうに微笑を浮かべているだけだった。 生徒と教師という関係でも、例え憎まれていても、彼女と触れあえる嬉しさを噛みしめているようだった。 そして、それとはまた別の問題だけど。 どうやら、霧切さんにも聞かれてしまったみたいだ。 別にどうしても退学したいってわけじゃなかった。 そう、本当に、こんなに騒ぎ立てるような問題じゃないんだ。 ただ、居心地が悪かったから。 他の学校のことも気になったから。 『超高校級の幸運』の中退率を知って、なんとなく。 理由ならいくらでも挙げられた。 40%超。 約半分だ。 半分の『超高校級の幸運』が、この学校を中退している。 その数字を見て、どことなく安心してしまった自分がいた。 僕だけじゃなかった。 居心地の悪さを感じているのは。 そんな、会ったこともない相手に対する、漠然とした仲間意識。 本気で退学しようと思ったわけじゃない。 ただ、聞いておきたかった。 退学や転校のための手続きとか、過去に退学していった『超高校級の希望』の話とか。 「とにかく、苗木君は連れて行きます」 「許可できない」 「話をするだけです」 「では、ここですればいいだろう」 「あなたに…学園長には、聞かれたくないので」 「それならやっぱり容認できないな。苗木君を脅して、退学を思い留まらせる魂胆かもしれないだろう」 僕の腕を握る霧切さんの手に、一層と力が入る。 だんだん手が痺れてきた。 どちらにせよこのままじゃ、らちが明かないだろう。 「あの」 僕は握られている方とは反対の手を挙げて、学園長に向けて言った。 「僕は構いません」 「…」「…」 二つのよく似た視線が、僕の方を向く。 「今日は話が聞きたかっただけですし…また別の日に、改めて伺います」 僕がそう言うと、存外にも学園長は簡単に折れてしまった。 「そうか…わかった」 霧切さんは、僕をじっと見ていた。 力は少し弱まったけれど、まだ腕を握られたままだった。 「すみません」 「いや、いいよ。また来てくれ…まあ、来ない方がいいんだけどな」 霧切さんが僕の腕を引っ張る。 さっさとこの部屋を出る、という合図のようだ。 僕は引きずられるようにして立ち上がり、学園長に会釈をした。 「失礼しました」 閉まる扉の向こうで、学園長は全てを見越したような穏やかな笑みを浮かべていた。 ―――――――――――――――――― 驚くほど冷静に、私は怒りに震えていた。 学園長室であの人と会話してしまったというのもあるが、今はそれよりも。 「霧切さん、痛い…」 引きずっている彼のことで、頭がいっぱいだった。 彼が言っているのは、私が握っている腕のことだろう。 たぶん痛いはずだ。 力を抑える気もなかったから。 思いっ切り怒鳴り散らしてやりたかった。 また殴ってやるのもいいかもしれない。 でも、それは違う。 それは私の憂さを晴らすだけで、根本的な解決にはならない。 階段の踊り場まで引き連れてから、私は彼を壁にたたきつけるようにして開放した。 彼は別段逃げ出すこともなく…というか、そのつもりなら学園長室であんなこと言わないだろうけど。 とにかく壁を背にして、私に向き直った。 余程痛かったのか、私が掴んでいた腕を擦っている。 「退学って、どういうこと…?」 努めて声に表情を乗せないようにする。 気を抜けば、「馬鹿じゃないの!?」と、怒りのまま怒鳴り散らしてしまいそうだったから。 「あ、はは…やっぱ、聞いちゃってたんだ」 シラを切るわけでもなく、諦めたように苗木君が笑う。 それは、ここ数日見ることのなかった、吹っ切れたような笑みだった。 「盗み聞きなんて、人が悪「質問に答えなさい」 有無を言わさずに、詰め寄る。 「学園長室で、あなたたちはそう言っていたわ」 「そうだね」 「っ…学校を辞めて、何がしたいのか知らないけれど…」 相変わらず彼は、気の抜けたような笑みを浮かべていた。 まるで、恥ずかしい秘密がばれてしまった、とでも言わんばかりに。 私は溜息も苛立ちも隠さず、バサバサと髪を掻き上げた。 血が上って熱くなった頭を、少し冷やしたかった。 「…最近元気が無かったことと、関係があるのね?」 「どうかな」 「とにかく、話して。あなたが学校を辞めようと思っている理由を」 「…」 「それも教えられずに辞められるなんて、納得できないわ」 ふ、と。 苗木君の瞳が、それまでと違った色を宿した。 「言わなきゃダメ?」 「ふざけない、で――」 その目に射抜かれて、居竦む。 いつも私を見ている、柔らかい目じゃなかった。 まるで虚空を見ているような。 なんで? なんでそんな目で見るの…? そこまで私があなたに、何か酷いこと―― ハッとする。 ついさっき、不二咲さんに言われたことを、こうも簡単に失念してしまっていた。 そうだ、『超高校級の幸運』の中退の理由じゃないか。 他のクラスメイトとの壁。 劣等感とプレッシャー。 「あ…」 気付いた時には、もう遅かった。 自分の無神経さを悔いても。 「あんまり、言いたくないんだけどさ」 言葉を失う。 今この瞬間にも、彼は私に対して鬱屈とした感情を抱いているのかもしれないというのに。 どんな気持ちで、さっきまでの私の無神経な罵倒を受け止めていたんだろう。 私が気付いたということに、苗木君も気づいていた。 「うーん、なんていうかさ…僕にもよくわからないんだ」 いつもの調子で、苗木君は話し始める。 「最初は、こんなすごい人たちと一緒の高校に通えるなんて、って興奮してたんだけどね」 そこには、重さも、切なさも、険しさもない。 軽く、明るく、柔らかく。 いつもの、苗木君の話調子だった。 「ホントに最初は気にしてなかったんだけどさ…みんな、すごいじゃん」 曖昧な言葉で、ぼかされる。 『みんな、すごいじゃん』。 その一言に、どれだけの悔しさや苦しみが集約されているのか、私は知ることができない。 だって、だって私は。 「霧切さんも、さ。すごいじゃん。僕に出来ないこと、何でも出来るよね。 外国語も話せるし、運動神経もいいし…身長だって、僕よりも高い」 彼が引いた境界線の、向こう側にいるんだから。 「あ、誤解しないでね。まだ退学するって決めたわけじゃないんだ」 「…」 「ただ、そういう選択肢もあるんだな、って思って」 「そういう、選択肢…?」 「うん。こんな身の丈に合わない学校じゃなくて、普通の高校生として、普通の学校生活を送ってみたりさ」 それだと、退学じゃなくて転校になるのかな、と、彼は笑って付け足す。 私は笑えなかった。 どうであれ、彼がこの学校からいなくなってしまうことに、代わりはない。 「だ、ダメよ…」 そんな、どうしようもない言葉しか出てこなかった。 いつものように、論理的に彼を説得できない。 ダメって何だ。 決めるのは、私じゃなくて苗木君だ。 辛かったのは、私じゃなくて苗木君だ。 「…転校は、おススメしないわ」 「どうして?」 「…あなたの顔と名前は、希望ヶ峰学園のまとめサイトで晒されてしまっているんだから… 転校なんてすれば、その先で好奇の目で見られるだろうし、絶対に苛められるわ」 最悪。 希望ヶ峰学園に残るメリットではなく、希望ヶ峰学園を去るデメリットを押し付ける。 それは、逃げ道を潰して彼を追い詰める、酷い手口だった。 「それでも、いいよ」 「よくない!」 思わず叫んでしまう。 もう全然論理的じゃない。 苗木君が納得できるような言葉を、並べる余裕すらない。 ついさっき彼が挙げてくれた長所なんて、なんの役にも立たなかった。 「それでもいいんだ。今よりは」 「っ…」 彼といると、いつも自分の無力さを思い知らされる。 苗木君は、思い通りにならない。 心を許す前に、どんどん近付いてきて。 勇気を出して歩み寄ったと思ったら、ずっとずっと遠くにいる。 「わかんないよ、霧切さんには」 もう彼は、笑顔の仮面を外していた。 初めて素の表情を見た気がした。 無表情で言い放ったその事実は、 私が一番聞きたくなかった言葉だった。 「わかってくれるのは、学園長くらいだ」 言葉が私を突き放す。 こっちに来るな。 境界線を跨いで来るな。 君にはわからない。 こっちの苦労は分からない。 そう言われているようだった。 「あなただって…」 退きそうになるのを、必死で踏ん張ってこらえる。 「あなただってわからないでしょ…!」 下を向いたまま、逃げたまま。 「あなたが私たちにとって、どれほど――」 大切な存在か。 ―――――――――――――――――― 「あなたが私たちにとって、どれほど――」 そこまで言って、霧切さんは黙ってしまった。 霧切さんは、表情が乏しい。 本人いわく、喜怒哀楽は人並に感じているけど、それを表に出さないようにしているだけだという。 その霧切さんが。 これほどまで辛そうな顔をしているのを、僕は初めて見た。 眉をひそめ、何かに耐えるように唇は真一文字。 手は力を込めて握られたまま。 僕のために、悩んでくれているのだろうか。 僕のせいで、悩んでしまっているのだろうか。 思い上がりもはなはだしいけれど、そう思うと罪悪感に駆られる。 ああ、もしかしたら霧切さんは。 僕が転校すると決めたら、悲しんでくれるのかな。 ―――――――――――――――――― 「…あのさ、霧切さん」 そう呟いた彼は、またあの落ち着いた笑みを取り戻していた。 「霧切さんがそう言ってくれるのは、すごく嬉しいよ」 「…」 「僕も、本気で転校しようって言ってるわけじゃないから」 「…」 虚ろな声。 そんな声で言われたら、本当に信じられなくなる。 本当に、彼はいつか突然、私たちの前から姿を消してしまうんじゃないか。 別れは、どうせいつかは来る。 仮に本当に彼が転校をしないとしても、卒業すれば私たちは離れ離れになってしまう。 あと何回、彼と共にあの廊下を帰れるんだろうか。 くだらない談笑と突っ込み合いに、心地よい平凡に、身を委ねて。 「僕、先に帰るね」 「…」 苗木君が背中を向ける。 私の眼には、その背中がとても遠くに映った。 「…かないで」 「ん?」 私は、 苗木君の背中を、抱きしめていた。 「行かないで…!!」 「え、ちょ…」 体当たりのようにして抱きついたのに、彼の体は揺らぐことなく私を受け止めてしまった。 苗木君が驚いて声をあげるのも構わずに、きつく、きつく、彼の背中を抱きしめた。 離せば、どこかに行ってしまう。 本気でそう思った。 「お願い、行ってはダメ…っ、置いていかないで…!!」 鼻の奥がツンとする。 彼が去ってしまった後の学校を思い浮かべたせいだ。 ああ、もう。 17歳にもなって、人前でこんな醜態をさらすなんて。 情けない。 せめて、と、嗚咽だけは噛み殺す。 困っている時に、相談に乗る資格も。 学校を辞めると言われて、それを止める力も。 どちらも私は持っていなかった。 …いや、違った。 そんな押しつけがましい理由が本音なんじゃない。 彼のためじゃなく、他の誰でもない私のために。 私は彼に、この学校に残って欲しいんだ。 「…あなたは、私たちのことなんて…どうも思っていないかもしれないけれど… …あなたにとって私たちは、鬱陶しい存在なのかもしれないけれど…」 彼の背中は、見た目より大きい。 その背中に、顔を押し付ける。 黒く濡れた線が、制服に伸びた。 私はみっともない鼻声で、彼の背中に語り続ける。 「私は…私たちは、あなたがいなくなったら…すごく、寂しい」 それは、どうしようもない自分の都合。 ぼそぼそと呟いた声はとても小さくて、彼に届いたかどうかも定かじゃない。 でももう、得意の建前は彼には通用しないから。 自分を守るためにガチガチに理論武装で固めようとしても、彼の前じゃ裸に等しいから。 ―――――――――――――――――― 「私は…私たちは、あなたがいなくなったら…すごく、寂しい」 思い上がりかもしれないけど。 その言葉は、初めて聞いた霧切さんの本音だと思った。 きつく、抱きしめられる。少し苦しいくらいに。 誰かにこんなに強く抱きしめられたことなんて、なかったかもしれない。 ―――――――――――――――――― 私はそのまま、長い間彼を抱きしめていた。 最初は抱きしめるというより、しがみつくという感じだったけれど。 彼は文句も言わず、抵抗もせず、ただ大人しく抱きつかれてくれたので。 ああ、本当に、まだどこにもいかないんだ。 そう思うと、落ち着いた。 彼の背中は見かけよりもずっと大きくて、温かくて。 ふと、幼い頃、父に背負われていた記憶を思い出す。 あの頃の私は泣き虫で、泣き叫ぶ私を、父はこうして背負ってあやしていた。 落ち着く。 「霧切さん…」 しばらくして。 沈黙を破る様に、彼が尋ねる。 「…何」 背中を抱きしめて、数分が経過。 彼の声の調子も、普段通りに戻っていた。 「えっと…もしかして泣いてた?」 当然そこまで時間が経てば、さっきまで興奮していた私も、だんだん素に戻ってくる。 自分の好意をふと思いだして、顔が火照る。 恥ずかしい。 抱きついていることも恥ずかしいけど、離してしまうのも恥ずかしい。 「…泣いてない」 「でも、なんか背中が濡れt」 「うるさい。泣いてない」 「はい…」 抗議するように背中をきつく抱きしめてやると、彼は大人しくなった。 背中をとって正解だ。 正面だったら、顔を見られて言い訳は出来なかった。 ―――――――――――――――――― さて、どうしよう。 霧切さんの腕は、僕の前でがっしりと組まれている。 まずはこの体勢から抜け出さなきゃ。 ひとまず、それからだ。 お礼を言うのも。 謝るのも。 仲直りするのも。 まだ決めたわけじゃない。 僕は宙にぶら下がったまま、ふらふらしている。 他の学校への期待や希望は、相変わらずある。 明日以降も、学園長室で詳しい話を聞いてみようと思う。 安易に彼女を安心させる言葉は、今はまだ口には出来ない。 彼女の腕に包まれているこの安心感が、ずっと続くわけじゃないんだ。 もしかしたら、明日にはまた心変りして、学校へ通い続けることを苦痛に感じているかもしれない。 それでも。 彼女は、僕がいなくなったら寂しいと、そう言ってくれた。 それは、この学校に留まり続けるための、一つの理由になったから。 それも含めて、彼女にちゃんと伝えるために。 まずは、抜け出さなければいけない。 たぶん離してと直接言っても、彼女は話してくれないだろう。 策は一応、あるにはある。 あるにはあるが。 僕自身の無事を保障しない上に、このムードもぶち壊しだ。 けれど、言わなきゃ。 けっしてそれを伝えた後の彼女の反応が見たいとか、そういう理由じゃない。 「霧切さん」 「…うん」 背中から、くぐもった声がする。 「…その…柔らかいのが…当たってるん、だけ、ど…」 「うん……は?」 「…き、着やせするタイプなんだね、はは、は……」 「…」 ゴーン、と。 「あぐっ!!!」 床と僕の頭が、ドラムとスティックの要領で愉快な音を立てる。 一瞬遅れてきた重い痛みに、僕は地面をのた打ち回った。 「う、う゛ぁああ…うぁあああぉお…」 何をどうやったか分からないけど、おそらく以前話していた護身術の類なんだと思う。 膝の裏側を押されて、肩を掴まれて後ろ向きに引きずり倒された僕は、 ろくに受け身も取れずに、頭を思いっ切り硬い床に打ちつけられた。 視界がバチバチと暗く光る。 見れば、いつも通りの迫力を感じさせる無表情の霧切さんが、 虫でも見るような目つきで僕を見下ろしていた。 「…人が真剣に、心配している時に…そう、そうね。そういう人だったわね、あなたは」 「そ、それは違「言い訳無用」 ドス、と、鳩尾に膝が降ってくる。 「ぐふぅっ…!お、おも、」 「おも?おも、って何かしら?重いとか?」 「ま、まさか!全然!っお、おも…くないです…あ゛ぁあああ!!重く、ないから、どいてぇええ…!」 「おかしなことを言うのね。重くないならどかなくていいでしょう?」 「…あ、れ、霧切さん」 「何?弁解?」 「いや…」 「言いなさい。言いたいことがあるなら言うと、約束したでしょう」 「目が赤いっていうか、ほっぺたに涙の跡があr はぁあ゛ぁあああぅ!!」 「なんだ…喧嘩を売っているなら、初めからそう言えばいいのに…」 「ごべんなざい、ぐ、ふぅうう…」 理不尽にも、鳩尾の上の膝に全体重を掛けられる。 だって、言えって言われたから言ったのに。 ああ、このやり取り、前にもあったな、と。 次第に遠くなっていく意識の中で、僕はそんなことを思った。 ―――――――――――――――――― 忘れてた。彼はこういう人だった。 こっちが真剣な時ほど、ふざけるんだ。 和ませようとしてくれているのか何なのかは分からないけれど。 そんなセクハラじみたスキンシップをされても、素直に喜べるほど私は人間が出来ていない。 彼の胸の上で正座すると、どんどん苗木君の顔が紫色になっていった。 いい気味だ。 人がせっかく、いい気分で抱きついていたのに。台無しにして。 馬鹿。 「ほら、女子と触れあえて嬉しいでしょう?この変態」 「あ、はは……こんな攻撃的な触れ合いは、ちょっ、と…」 「これくらいで許してあげるのよ。ありがたく思いなさい」 「わ、わーい…ふぐぅぇええ…」 私にとって苗木君は、これほどまでにかけがえのない存在なのに。 彼にとって私は、学校生活とともに、簡単に切り捨てられる存在のようだ。 それが悔しくて。 私は彼に攻撃する。 彼に対して、何が出来るだろうか。 境界線の向こう側にいる私から。 彼に留まってもらうために。 他でもない自分のために。 「…」 「…?」 す、と何気なく彼の上から降りる。 彼は、またいつもの気の抜けた笑みに戻っていた。 「…あれ、もう許してくれるの?」 「何?もっとやってほしいの?」 「…まあ、殴ってくれた方が、気は楽かな」 「…マゾね」 「霧切さんはサドだよね」 「そうかもね」 相手をあなたに限定して言えば、そんなことはないんだけど。 なんて、口が裂けても言えるはずもなく。 「…あなたは私のことを責めないのね」 「ん?何か言った?」 聞こえているくせに。 「なんでもないわ」 責められた方が気持ちが楽。 その言い分は、痛いほどわかった。 だけど私たちは、お互いを責めない。 自分にそんな資格がないと、わかっているからだろう。 「まあ、でも、そうね。殴られた方が気が楽だというのなら、絶対に殴ってあげないわ」 「あはは、それは…困ったな」 「困りなさい。そして一生後悔しなさい」 「セクハラのこと?」 「それも含めて、よ」 す、と彼の手が伸びて、私の手を掴む。 少し驚いたけど、私もその手を、そっと握り返した。 「…さ、帰りましょう、苗木君」 エピローグへ
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苗木誠 【名前】苗木誠(なえぎ まこと) 【出典】ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生 【種族】人間 【性別】男 【年齢】 【学年】高校生(希望ヶ峰学園) 【声優】緒方恵美 【性格】 【特徴】 【人物関係】 【口調】一人称・ボク 二人称・○○クン、○○さん(名字) 三人称・ 【能力】 【備考】 超高校級の“幸運”。 以下、学生バトルロワイアルにおけるネタバレを含む 苗木誠の本ロワにおける動向 初登場話 [[]] 時間軸 支給品 登場話数 スタンス 現在状況 死亡話 [[]] 本編での動向 キャラとの関係(最新話時点) キャラ名 関係 呼び方 解説 初遭遇話 最終状態表 踏破地域 A B C D E F 1 2 3 4 5 6
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「苗木……絶望しなよ……」 江ノ島盾子が発した言霊、『絶望』を撃ち込まれた苗木誠は倒れる。 弾丸からは絶望が発され、彼は壮大な絶望に襲われる……しかし、 「ボクは……希望を失わない!!」 その中でも希望を捨てず、江ノ島盾子に、苗木誠は言霊『希望』を撃ち込む。 当たりのけぞる江ノ島。弾丸から希望が発せられるけれども、彼女は倒れない。 「……………」 「……………」 流れる無言。 立ち上がる苗木。何も無かったように振る舞う江ノ島盾子。 互いの視線が交差する。 「ふふふふ……アハハハハ!オマエの『希望』……アタシに効くとでも思った?」 「そっちこそ。ボクに、キミの『絶望』が効くと思ったの……?」 両者にらみ合い。殺伐した雰囲気。いつまでも続くかと思いきや、 次の瞬間、小さく笑い合う二人。 「「いや、効いたよ」」 「絶望がなければ、希望を希望として認識することはできない」 「希望がなければ、絶望を心の内に生じることはない」 「超高校級の絶望、江ノ島盾子。…キミの絶望があるからこそ」 「超高校級の希望、苗木誠。…オマエの希望があるからこそ」 「ボクは超高校級の希望を抱くことができる」 「アタシは超高校級の絶望を感じられる」 二人のその表情は互いに互いの存在を認め合ってる印。 「……………」 「……………なーんて、苗木、アタシ達、良いコンビじゃん!!」 「ちょ、ちょっと!江ノ島さん!!……ち、近いって!!……みんな見てるんだから!!」 「うぷぷぷぷぷ……男の子としては女の人と急接近!な感じで嬉しいんじゃないの~?苗木クン」 「モノクマ、お前もからかうな!! ……って、あ、あれ……?江ノ島さんとモノクマってイコールじゃ……」 「「うぷぷぷぷぷぷぷ」」 「本編最後の、復活のモノクマ……?の考察からきた設定だよ!!」 「江ノ島盾子さんとボク、モノクマは別個体、別自我なのです!!」 「………!!」
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ボタンを留め終わってから数分後、ボクらの理性もある程度回復していた。まだ二人ともギクシャクはしていたけれど、どうにか目を見て話せている。 それと同時に直面したのは次なる問題。 「やっぱり、それはできないよ」 「苗木君にはその権利があるわ。私に気を使わないで」 「そ、そんな……だってボク、男だし……」 先程から何回このやり取りを繰り返しているだろうか。 頑固者の霧切さんは頑なに主張を譲らないし、ボクも男としてこればっかりは譲れない。 「泊めてもらった私が床で寝るから、部屋の主である苗木君がベッドで寝るべきよ」 「女の子を床で寝かせて、ボクだけベッドで寝る訳にはいかないよ。男のボクが床で寝るからさ」 問題とは、どっちが一つしかないベッドを使って寝るかということである。 当然女の子である霧切さんに使ってもらうつもりだったのだが、それはできないと彼女は頑なに拒否した。 曰く、自分は床で寝るのも慣れているし、ベッドは部屋の主が使うべきだと。 何故慣れているのか気になったけれど、それよりもこの問題を解決するのが先だった。 「霧切さん、分かってよ。ボクなら一晩くらい平気だから」 「それはできない相談ね。苗木君は床で寝ることを甘く見ているわ」 そう言って、霧切さんはベッドに座ったままびしっと右手の人差し指でボクを差した。 いつもだったら凛々しく感じるその仕草も、黒い手袋、すらりと伸びる綺麗な足、更に白いワイシャツから微かに見える黒い下着まで追加されて何とも艶かしかった。何か新しい癖に目覚めてしまいそうである。 「う、ぐ……」 お互いに全ての弾丸を撃ち尽くしてみても、主張は全くもって平行線。このまま話していても決着がつくとは思えなかった。本当にお互いは意地っ張りだと思う。 そこでボクは強攻策に出ることにした。ベッドと壁に挟まれた布団一枚分よりも狭いスペースの床に、無言でシーツを敷いて毛布を広げる。流石に枕はないがこの際文句なんて言ってられない。 「苗木君?」 霧切さんが訝しげに僕の名前を呼んだけれど、ここは敢えて男らしく無視させて頂く。明日になったら何度でも謝るので今だけは許して欲しい。 そしてボクは素早く部屋の電気を消して、そのまま毛布の中に潜り込んだ。厚い鉄板に塞がれた窓から明かりが入ってくる訳もなく、部屋の中は真っ暗になる。 「ちょ、ちょっと、苗木君!」 「おやすみ、霧切さん!」 有無を言わせずに寝てしまう。これがボクの強攻策だ。きっと話し合いではいつまで経っても解決しないだろうから。 それでも顔を合わせるのが少しだけ怖かったので、ボクはベッドと逆の壁を向いて横になった。これできっと、霧切さんも諦めてくれるだろう。 「……そう、そういうことなら私にも考えがあるわ」 暗闇に響く何処か冷たい声。よく考えれば分かったことだが、あの霧切さんがの程度で諦めてくれるはずもない訳で。 彼女は静かにボクの包まる毛布を捲った。力ずくで毛布を剥がそうとしているのかと思い、しっかりと端を握り締める。 すると霧切さんはそのまま毛布の中に入り込み、ボクの隣りで横になった。 もう一度確認するが、ここはベッドと壁に挟まれた布団一枚分よりも狭いスペースだ。 当然、二人の人間が余裕を持って横になるのは無理がある。つまり、どうやっても二人の身体が触れ合ってしまう。 ボクの背中に感じる温もりは、きっと彼女の背中の温もりだ。 「きっ、霧切さん! 何で――」 「あなたが強攻策をとったから、私も強攻策をとることにしたのよ。嫌ならベッドを使うことね」 ――それは違うよ! 男がこんな状況で嫌な訳ないじゃないか! 流石にそんなことを大声で主張できる筈もなく、曖昧に笑って誤魔化す。 文字通り背中合わせで横になるのは変な緊張感があった。 今更ベッドに移動するなんてことはできなくて。きっと彼女もそう思っていて。 つまるところ、それは今夜一晩このままの状態で過ごすことを意味している。 この奇妙な距離感に高鳴り始めてしまったボクの胸は、中々落ち着いてくれなかった。 そのまま五分、十分、三十分が経っただろうか。お互いに背を向けているために、彼女が眠ってしまったのかも分からない。 このまま眠ってしまうのが少しだけ惜しくも感じていたけど、それは杞憂に終わった。 「苗木君――」 静寂に響く霧切さんの声。先程までの少し怒った声とは違う、いつも通りの穏やかなものだ。 「何? 霧切さん」 それに合わせて言葉を返す。まだ起きていることを知らせるように。 「一つ訊きたいことがあるのだけれど?」 どうやらベッド云々の話は彼女の中でも一区切りついたようなので安堵する。 ボクが相槌を打って先を促すと、恐る恐るといった感じで言葉を続けた。 「どうして、私を泊めるだなんて言ってくれたの?」 どうして、私のためにみんなを裏切るようなまねをしたの? それはボクからしても最もな問い。まるで気にしていないように振舞っていても、やっぱり気になっていたのだろう。 「私は自分の身分も明かせないし、その理由を証明することもできない。十神君達の言うことは最もだと思うわ」 それなのに何故と彼女は不思議そうに呟く。 十神くんの質問に、霧切さんの答えは殆ど答えになっていなかった。確かにいくらお人好しなボクでも、そんな人をほいほい信じることはできないだろう。 「うーん……」 ボクは慎重に言葉を選ぶ。何故なら、ボク自身まだその理由を明確な言葉にできていなかったから。 あのときは思わず口を衝いてたわけだけど、その答えはきっと――。 「……嬉しかったから、かな?」 「嬉しかった?」 ボクの言葉はきっと霧切さんの想定から大きく外れたものだったのだろう。暗闇に彼女の驚いた声が響いた。 「ああ、部屋の鍵のことじゃなくて、霧切さんがボクを信頼してくれたことが」 今、この部屋の引き出しに閉まってあるサバイバルナイフ。腐川さんが見つけたそれを、なし崩し的にボクが預かることになったとき。 「あのとき、ナイフはボクが預かればって最初に言ってくれたのは、霧切さんだったから」 「――そう、だったかしら?」 惚けてもダメだよ、霧切さん。そんなに動揺した声だったら、流石のボクでも気づいてしまう。 「十神くんも言ってたように、これをボクが持つことになったのはきっとみんなの信頼の表れで」 十神くん、腐川さん、葉隠くん、朝日奈さん、そして――。 「その中でも霧切さんが、一番ボクのことを信頼してくれているんだと思ったから。だからボクも、一番キミのことを信頼しようと思ったんだ」 例え他のみんなを裏切ることになったとしても、キミを信じたいと思ったんだ。 背中越しに霧切さんが息を飲んだ気がした。 もしかしたら、それは違うと否定されるかもしれないと思っていたけれど、そんなこともなく。 つまりボクの言葉には矛盾なんてなくて――。 「そう……。ありがとう、苗木君」 どうやら彼女の心を貫く弾丸になったようだった。 「う、うん」 そう言いながら、ボクは寝返りを打った。本音とは言え、流石に歯の浮くような台詞が少し恥ずかしかったから。 壁の方を向いていた体勢を変えて天井を見上げる。やはり硬い床で寝るのは慣れなくて、下にしていた右半身が微かに痛い。 再び場を支配し始めた沈黙に耐え切れず、ちらりと霧切さんの方に視線を向ける。すると彼女もボクと同じように天井を見上げる体勢になっていた。 微かに暗闇に慣れた視界で見えたのは、少し物憂げに何かを考えているような表情。 その表情がいつもより感じ易いと思ったのはきっと間違いじゃない。流石に暗闇の中だと得意のポーカーフェイスが緩まってしまうのだろう。 「何を考えているの?」 「……大神さんと、アルターエゴのこと」 霧切さんは視線を動かさずに呟いた。それはつまり、今日一日のことを思い出しているという意味だろう。ボクも同じように天井を見上げて思い返す。 自ら死を選んだ大神さんと、モノクマにおしおきされたアルターエゴ。 二人は悩み、覚悟を決め、行動し、そして死んだ。 辛い現実ではあったけれど、ボクはその想いを――。 「――引きずっていく」 「え?」 思考を言葉にされ、ボクはびっくりして霧切さんの方を見た。それはまるで自分をエスパーだと言っていた舞園さんのようで。 彼女も顔を倒し、ボクの方を見ていた。暗闇の中、静かに見つめ合う。 「苗木君、前に言ったわよね? 死んだみんなの想いを乗り越えたりせずに、引きずったまま前に進んでいく、って」 「あ、ああ、うん」 どうやら先程の言葉はボクの思考を読んだものではなかったようだ。それに安堵のような溜息が漏れる。 それは初めての学級裁判が終わったとき、霧切さんの言葉に対するボクの答え。 ――仲間の死を乗り越えることなく、その想いを引きずっていく。 それはボクの中では固い決意だったけれど、まさか霧切があのときの言葉を憶えていたとは思わなかった。 「私もそうすることにしたわ。大神さんの形見で、絶対に黒幕を追い詰める」 そう言って彼女は眼を細める。その仕草がまるで泣きそうなのを我慢しているように見えて、ボクの心がじんわりと痛んだ。 「……大神さんの形見って?」 霧切さんの呟いた言葉が気になったので訊いてみる。すると少しだけ考えるような間の後に、誤魔化すように彼女は言った。 「この決意ってことよ」 それは苦しい言い訳ではあったけど、この場で話せないのにはきっと理由があるんだろう。 きっと必要なときには話してくれる。ボクは霧切さんを信じて、そのときを待つことに決めた。 「そっか……。そうだね」 既に見慣れてしまった天井を見上げながら静かに言う。ボクもできる限り霧切さんに協力しようという決意を込めて。 例えその末にどんな結末を迎えようとしても、男であるボクが彼女を守らないと。人工知能であるアルターエゴだって、勇気を持って黒幕に立ち向かったのだから。 アルターエゴ、だって……。 「……ごめんね、霧切さん」 「どうして謝るの?」 思わず口から漏れた謝罪の言葉を彼女は訝しげに返した。 自分でも唐突過ぎると感じたので誤魔化そうかとも思ったけれど、この気持ちに嘘はつきたくない。 「アルターエゴの、こと……」 ボクがアルターエゴの背中を押さなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。もしかしたら、ボクの所為でアルターエゴはおしおきされてしまったのかもしれない。そう思うと謝らずにはいられなかった。 霧切さんはアルターエゴと反芻するように呟く。そしてボクを宥めるように優しく言った。 「あの子は、自分のやるべきことをやって、そして自分の意志であの場所へ行った――」 それはきっと、少しでもボクらを助けたいという強い想い。 「だから、あなたが誰かに謝る必要なんてないわ」 謝ったてしまったら、あの子に、あの子の想いに失礼だから。 「……うん」 その落ち着いた声に、ボクは目頭が熱くなるのを感じた。固く眼を瞑り、涙が溢れるのを我慢する。 涙はアルターエゴの想いを叶えたそのときまでとっておこうと思ったから。 だから今は、ボクらのことを見守っていて欲しい。 心の中でそんなことを祈りながら深く息を吐く。どうやら涙は収まってくれたようだ。 「どうして、私に謝ったの?」 不意に、霧切さんが口を開く。視線を感じたので顔を倒すと、再び彼女と目が合った。 暗闇の中でも鋭い視線。ボクの全てを見通すように。 一方のボクは困った表情をしていただろう。本当に思ったことを話したら、彼女がどんな反応をするのか分からなかったから。 「それは――」 「それは?」 言うのを躊躇していると、問い詰めるように先を促す。 そこまで大それたことでもないのにと苦笑しながら、ボクはその理由を素直に話すことにした。 「霧切さんが、アルターエゴのお母さんみたいだったから」 「……えっ?」 「だから、ボクにはアルターエゴに接する霧切さんがお母さんみたいだなって感じたんだよ。一番アルターエゴの面倒を見てたし、一番心配してたから」 そして一番、アルターエゴも霧切さんを慕っていたから。 アルターエゴに対する彼女の気持ちは、山田くんや石丸くんとはまた違った愛を感じた。 色々考えてみたけれど、ボクにはそれが母性という言葉でしか表現できない。霧切さんがアルターエゴを見つめる瞳は、ボクの母親がボクや妹を見ていた眼差しに似ている気がしたから。 「私が、お母さん……」 見ると、霧切さんは驚いた表情で固まっていた。暗いから顔色までは分からないけれど、何となく真っ赤になっているような気がする。 「突然、何を言うのかしら、苗木君は……」 「き、霧切さんが訊いたんじゃないか!」 霧切さんの何処か照れた表情に当てられて、ボクの方まで気恥ずかしくなってきた。自分の顔に血液が集まっていくのを感じる。 よりにもよって同い年の女の子にお母さんみたいはないだろう。 すると、霧切さんは少し意地悪な微笑を浮かべた。 「私は、アルターエゴにとって苗木君が父親代わりだったと思うわ」 「ええっ?」 「アルターエゴの決意を後押ししたのは苗木君でしょ? 私にはよく分からなかったけど、男の世界って言うのを感じたわ。ああいうとき、女には結局、見守るしかできないのね」 ちょっぴり芝居がかった口調。これは彼女なりの反撃のつもりなのだろうか。 少し恥ずかしそうな様子から察するに、思ってもいない言葉という訳ではなさそうだけど。 確かにボクはアルターエゴの気持ちを後押しした。それはボクの父親が、この学園に入るのを悩んでいたボクを後押ししてくれたのに近いのかもしれない。そういう意味で、いつの間にかボクはアルターエゴを自分の子供のように思っていたのかもしれない。 「そうかも、しれないね」 「ええ、きっとそうよ」 ――いや、待て。 「それじゃあ、まるで――」 ボクを見つめる表情から察するに、霧切さんは気付いていないのだろう。自分の作ってしまった爆弾に。 自分の顔がより赤くなるのを感じたが、一度零れ落ちた言葉は止まらない。 「――ボク達、夫婦みたい、だね」 アルターエゴの母親が霧切さんで、父親がボク。つまりボクと霧切さんは、子供を見守る夫婦のような立ち位置で。 「ふう、ふ……」 余程吃驚したようで、霧切さんは口元に手をやって絶句していた。 当たり前だ。言うに事欠いて、いきなり夫婦だなんて。 「ご、ごめん。ちょっと変なこと言っちゃって」 ボクが焦って訂正しようとすると、霧切さんはいいえと小さく呟く。 いつの間にはボクらはお互いを向き合うような体勢になっていた。 正面に横たわる霧切さんは恥ずかしそうに視線を逸らしている。少しはだけた襟元から見える鎖骨がたまらなく艶やかだった。 「別に、変ではないと思うわ」 「でも、ボク達まだ高校生だよ……?」 ――ああ、ボクは一体何を言っているのだろうか。 自分が焦っているのか、逆に落ち着いているのかも分からない。 ひとつだけ確かなのは、だんだんこの熱っぽい場の空気に飲まれていっているということ。互いの吐息が耳障りなほどに荒い。 「ここは希望ヶ峰学園。集められいるのは超高校級の生徒ばかり――」 それはきっと、霧切さんも同じ。 「一緒にあの子を見守った私達は……」 霧切さんはきっと聞いたら赤面してしまうような、凄く恥ずかしい言葉を言おうとしている。 それを聞いたら、ボクの五月蝿いくらいに高鳴っている心臓はどうなってしまうのだろうか。 「そしてこれからも一緒にあの子の想いを引きずっていく私達は……」 霧切さんもそれに気づいたようで、だんだんと声が小さくなっていく。 それでも、彼女の口から聞きたいと思った。そうしないと、きっとボクらは先に進めない。 ボクの思考など知るよしもなく、霧切さんは目を逸らしたまま息を飲んだ。 「な、苗木君、【ここまで言えば――】」 「分からないよ、霧切さん」 ボクは霧切さんの殺し文句を殺した。 「キミの口から教えて欲しいんだ」 キミの思っている、ボクらの関係を。 彼女は一瞬だけ驚いた表情を浮かべると拗ねたように生意気と呟く。そして凄く恥ずかしそうに言葉を続けた。 「その――ちょ、超高校級の夫婦……そう呼べるんじゃ、ないかしら……?」 ちょうこうこうきゅうのふうふ――超高校級の夫婦。 意味は分からなかったけれど、きっとそれはボクらの現状の関係に一番近くて。 「超高校級の夫婦……。うん、何か……しっくりくる気がするよ」 「――そう」 ボク達は毛布の中で見つめ合った。潤った彼女の瞳、毛布の中に漂う熱気、何処か甘い匂い。 自分の鼓動の音が五月蝿いくらいに聞こえたけれど、それはきっと霧切さんも同じで。 「霧切さん」 その音を聞きたいと思った。最早、二人の間にある十数センチの距離ですらもどかしい。 「手を、繋いでもいい?」 ボクが恐る恐る訊くと、彼女は優しく微笑んで頷く。 そしてゆっくりと、彼女の両手がボクの右手を包んだ 「ええ、だって――夫婦なのだから」 ――ああ、これはまずいぞ。 「……苗木君、あれをして欲しいのだけど」 「あれって?」 霧切さんははにかむように視線を逸らす。光のない暗闇の中でも、彼女の一挙一動が伝わってくる。 「うで、まくら……」 してもらったことがないからと、彼女は熱っぽく言う。 ――このネジ曲がった雰囲気の中。 「うん、もちろん。……夫婦だもんね」 ――夫婦という弾丸が、全ての言葉を撃ち抜いてしまう。 ボクが左腕を霧切さんの頭の下に伸ばすと、それにゆっくり頭を乗せる。 いつもの霧切さんからは想像もできないような柔らかな微笑みを見て、ボクにも笑みが零れていた。こんなに可愛い霧切さんを見れるのが、この世界でボクだけだと思うとたまらない気分になる。 ボクは彼女の頭を抱き寄せるように左手の肘を曲げた。 「な、苗木君……」 「違うよ、ボクたちはその……ふ、夫婦なんだから――」 夫婦は、お互いを苗字で呼び合ったりしないから。 「――響子、さん」 「そうね、ま……誠君」 霧切さんはボクの胸に顔を埋めながら言う。その声が幸せそうに聞こえたのは、きっとボクの気の所為ではないはずだ。 「誠君、こんなとき、夫婦だったらどうするのかしら?」 「そんな、結婚なんてしたことないから分からないよ、き、響子さん」 「私だって、したことないわ……」 「もしもボクらが、夫婦だったら――」 まるで熱に浮かされるような場の空気。 それに当てられたかのように、ボクの口から零れ落ちた言葉は――。 「キスを、するんじゃないかな?」 「……うん、夫婦だものね」 彼女もその答えを待っていたのだろう。優しい表情で素直に頷く。 理性が痺れてしまうほど甘い雰囲気の中で、ボクらはゆっくりと口唇を重ねた。 翌朝ボクが目を覚ますと、既に霧切さんはいなかった。時計を見るとまだ七時前で、モノクマの校内放送もまだ流れていない。 横になったまま手探りで毛布の中をまさぐると、まだ仄かに霧切さんの温もりが残っているような気がした。 「……ん?」 指先に何かが触れたので引っ張ってみると、それは霧切さんが寝間着に使ったワイシャツだった。そこに彼女の字が書かれたメモが貼り付けてある。 『ありがとう、誠君』 ――ボクの方こそお礼を言いたいよ、響子さん。 キミに貰ったこの勇気と希望が、ボクを奮い立たせてくれるから。絶対に黒幕にも、超高校級の絶望にも負けやしない。 ボクは、ボクらは独りじゃない。共に戦うキミとボクがいる。 みんなの想いと共に、いつかこの学園を出よう。 そうしたら、ボクはキミに言いたい言葉ができたんだ。 ――超高校級の夫婦が、ただの夫婦になれるその日を願って。 【了】
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――――― "超高校級の絶望的おしおき"を見届けた僕らは一言も声を発さずエレベーターに乗り、学級裁判場を後にした。 制服の右ポケットに入れた脱出スイッチの感触を確かめながらエレベーターの壁に寄り掛かる。 疲れた。 兎に角、疲れた。 超高校級の絶望に勝ったことで勝利の雄たけびを吼える気もなかった。 死んでしまった僕らの仲間達が戻ってくるわけもない。 それでも前に進むと誓ったけれど、今は少しでも休みたくて仕方なかった。 「ほら、苗木。一階に着いたよ」 「あ、ごめん……」 ボーっとしていたらいつの間にかロビーに到着していた。 朝日奈さんに急かされて出ると同時にエレベーターの扉が閉まる。 もう二度とここに足を踏み入れることはないとわかると、どこか後ろ髪を引かれるような気分になる。 何度も潜り抜けた命がけの学級裁判を僕は記憶に留め続けることは出来るだろうか――。 ――――― 夜も遅いということで、昼12時頃を目安に食堂に集合して脱出の準備をするという十神君の提案に同意して解散となった。 フラフラとした足取りでドアの鍵を開け、自室に入る。 そのままベッドに倒れ目を閉じる。 「…………………くさっ!」 この部屋、臭うよ! むしろ、僕が臭うよ! ――って、そういえばゴミ捨て場から学級裁判に至ったんだっけ。 着替える時間も惜しいからそのまま捜査して学園内を走り回ったし。 まぁ、今の今まですっかり忘れてたよ、自分の体の臭ささに。 「夜時間だしシャワーも無理だよね……」 かくなる上は大浴場しかない! あの広い浴槽にダイブして垢という垢、全て清めたい。 鼻を突く不快な臭いを石鹸の匂いに変えたい。 そんな欲望が僕の中でマグマのように噴きあがる。 気づいたら脱衣場に立っていた。 服を脱ぎ、備品の手ぬぐいを肩にかける。 そしてお風呂に入った後は服をランドリーで洗濯させよう。 乾燥させるまでの間は自販機の飲み物で火照ったお風呂上りの体に爽快感をもたらそう。 自販機に僕の好きなアンパサ・いちご味がないのが悔やまれるけど、今はこの際だから何でもいいや。 最後はふかふかベッドにダイ「ぶるぅあぁぁぁぁっ!!!」 浴室のドアノブに手を掛けたのはいいけど、僕が引くよりも早くドアが押し出され直撃し吹っ飛んでしまった。 受身なんてとれるわけもなく、頭と背中を床にぶつける。 頭がチクチクするけど、コブになってないだろうか――? 「あいたたたた……「苗木君? ……っ!?」って、霧切さんっ!?」 見上げる形になってしまったが、扉の前にはバスタオルを巻いた霧切さんの姿。 ホコホコと湯気が舞うのだから僕より先にお風呂に入っていたのだろう。 「どうしたのさ、霧切さん。さっきからボーッと固まっちゃって?」 「……苗木君、出来れば隠して欲しいのだけど……」 「へ? 隠す?」 「あなたの……股間を」 入浴したことで火照った肌の霧切さんが茹蛸になるくらい真っ赤な顔で指摘したのだった。 指を差された先の場所は本来、肩にかけた手ぬぐいがカバーするはずだった。 それがないのだから―― 「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 その事実に気づいた僕の脳は悲鳴をあげることしかできなかった。 年頃の女の子の前で"パカー"と、恥ずかしい姿を僕は晒してしまったのだから――。 ~ 超高校級の不運が絶望学園を卒業するまで超高校級の探偵と何があったのか問い詰めても口を噤む理由 ~ 「うぅ、あんな姿を中継されたからもうお婿にいけない……」 カポーン、と洗面器に水滴が落ちる音と共に僕のつぶやきが漏れる。 父さん、母さん、それに妹。ついでに苗木家のご先祖様――。 長男である僕があるまじき醜態を世間に晒してしまったせいで一族の系譜が絶たれそうです。 「恐らく監視カメラの方は機能が止まっている筈よ」 「えっ、それ本当なの?」 「撮影している時に点灯する赤いランプが今は点いてないわ」 「あ、本当だ……」 視線を湯船から天井に設置している監視カメラに移す。 どうやら生命維持に関わるような箇所以外の電力供給は断たれているようだ。 となると、目撃者は隣にいる霧切さんだけになる。 「霧切さん……。素朴な疑問なんだけど、なんでまたお風呂に入っているのさ?」 「それは……。そう、苗木君の監視よ」 「監視? 僕の?」 「あなたがショックのあまり入水自殺しないかを監視するためにもう一度入っているの」 「そんな大袈裟な……」 確かに恥ずかしい姿を見られて涙目で放心状態だった僕だけど。 そんな僕を霧切さんは露出狂の変態として罵倒やオシオキするわけもなく、ただ僕の肩にかけていた手ぬぐいを腰に巻いてくれたのだった。 そして僕の手を取り、先導するように大浴場の湯船に浸からせて自分も隣に腰掛けたのだった。 湯船に浸かる前に掛け湯をしなきゃならないとか、タオルを巻いたまま浸かっちゃいけないっていうマナーもあるけど、この際目を瞑ることにする。 「あんな危うい状態の苗木君をほっとくと何を仕出かすか予想できないわ」 「それはわかったけれど……湯当たりとかしない? 大丈夫?」 「そんな気遣い不要よ、苗木君の癖に生意気ね」 「わぷっ」 そういって僕の頭を掴み、首まで湯船に浸からせてくる霧切さんだった。 「それに……家族の候補先なら私の家があるじゃない」 「えっ!?」 今その話題を再び持ち出すの!? 事件が起きる前に霧切さんと一緒に過ごす時間があったけど、その時に手袋の中を見せる云々で家族以外には見せないって話をしていたっけ。 でも最後の学級裁判で惜しげもなく手袋の中身を晒した霧切さんだったけど――。 「でもごめん。霧切さん……」 「えっ……?」 「手袋の中身を見せる人は家族のような人にしか見せないって誓っているのに、全国中継で見せる羽目にさせちゃって……」 「あぁ、そのことね。いいの……気にしてないから」 「きっと中継を見ていた人の中に霧切さんの火傷を見ても怖がらなかった人がいると思うんだ。その中から霧切さんの家族候補が見つかるといいガボボボボボボ!!」 「苗木君、全身くまなく浸からないと臭いが取れないから手伝ってあげるわ」 そう言って今度は頭の方まで湯船に沈めてくるじゃないか! ひぐぅ! 僕、逝っちゃうよぉ! 「ぶはぁ! ……ゲホッゲホッ!」 霧切さんの拘束が緩み、すかさず湯船から顔を浮かばせる。 湯気に混じった酸素を吸い、苦しかった肺の機能が戻ってきた。 そのまま霧切さんから逃げるように湯船から洗面台に移動する。 洗面椅子に腰掛けて頭と体を洗うためだ。 鏡越しに霧切さんの様子を見ると一瞬目が合ったけど、すぐに後ろを向いてじっと湯船に浸かる姿を確認した。 軽くシャワーで髪をすすぎ、備え付けのシャンプーを手に取り髪を洗うことにする。 最初は泡立ちが悪かったけど、次第に髪の毛にはシャンプーの泡が占めるようになった。 そして洗面器に溜めたお湯を頭から被るようにして洗い流した。 次は身体を洗おうと垢すりに手を伸ばそうとした矢先のことだった。 「背中の方は私が洗ってあげるわ」 「き、霧切さん!?」 いつの間にか僕の背後にいた霧切さんが垢すりを手にボディーソープを垂らし泡立てた後、僕の背中をこするのだった。 「言葉だけでは説得力が足りないから行動でも感謝を示すわ。ありがとう……苗木君」 「霧切さん……」 何について"ありがとう"を指すのか断定するのが難しい。 けれど、僕も同じように言わないと駄目な気がする。 「こちらこそ、ありがとう。霧切さん……」 鏡越しに見つめていることに気づいたのか、霧切さんも鏡を見てやわらかに微笑んでくれた。 こんな僕を励ましてくれてありがとう――。 ゴミ捨て場から僕を助けに来てくれてありがとう――。 僕を"超高校級の希望"と呼んでくれてありがとう――。 他にも色んな気持ちが含まれているけど、シンプルに5文字の言葉で霧切さんに伝えることにした。 ふと、霧切さんが何かに気づいたようで僕の背中を洗っていた手が一瞬止まった。 「苗木君、それ……」 「あ、これ? いつものことだよ。気にしないで」 「気づいたらそこだけ真っ直ぐに天を衝くんですもの。驚かないわけがないわ」 「触ってみる?」 「え? いいの……?」 「気になっているみたいだから」 「じゃあお言葉に甘えて……。他に比べて異質な感触ね。すごく、硬い……」 「そうでしょう? ここだけは何か別の芯が仕込まれているんじゃないかっていうくらい硬いんだよね。……僕の癖っ毛」 「癖っ毛というよりアンテナと呼んだ方が良さそうね」 「僕もその意見に賛成だね」 二人してクスクス笑う。 あれ、もしかしてエッチな会話をしていると思った――? そして前の方は僕自身が洗うことにして全身綺麗になった。 「私は先に上がるけど、一人で大丈夫?」 「うん、わかった。着替えが済んだら一声掛けてね」 そういってバスタオルに包まれた霧切さんの姿を見送った。 再び湯船に浸かっていると脱衣場を繋ぐ扉が開かれ、顔だけを出した霧切さんと目が合った。 脱衣場に戻ると霧切さん制服姿でスツールに腰掛け、ドライヤーで髪を乾かしていた。 髪を乾かすのに集中しているのか鏡と睨めっこしている霧切さんに気づかれないよう大判のバスタオルで身体の水気を拭いてから腰に巻く。 下着とズボンを身につけ、Tシャツだけを羽織った状態で霧切さんの隣のスツールに腰掛けた。 そして同じようにドライヤーのスイッチを入れて自分の髪を乾かす。 髪を乾かしている最中、何度も欠伸が出てしまう。 「これが終わったらお互い部屋に戻って休みましょう」 「あ、僕はこの後ランドリーで服を洗うから先に戻ってていいよ」 「……その調子じゃランドリーで寝てしまうわ。洗濯は起きてから一緒にしましょう」 「その方がいいかも……」 「明日は集合の1時間前に起きるようにしましょう」 「僕、起きられないかも……」 「だったら私が起こしに行くわ。部屋の鍵を開けておいてくれる?」 「うん、わかった。もう黒幕が押し入ることもないだろうし開けておくね」 そしてお互いの個室の前に立つ。 「おやすみ、霧切さん」 「おやすみなさい、苗木君」 挨拶をしてから部屋に入りTシャツとパンツ一丁姿で布団に潜る。 入浴で暖まった体と冷たいシーツの感触がくすぐったかったけど、すぐに眠気が押し寄せてきた。 僕はそのまま睡魔に身を委ねることにしたのだった――。 ――――― 何か身体を揺らされている感じがしてボンヤリと意識を取り戻した。 すると、聞き覚えのある声が聞こえた。 「苗木君、起きて。約束の時間よ」 「うーん、あと10分だけ……」 「駄目よ。起きなさい、苗木君」 掛け布団が一瞬でめくられシーツに包まれて暖かいと感じた体がたちまち寒さで震える。 身を縮こませるようにしていると一瞬の浮遊感、すぐに堅い感触が身体を駆け巡る。 「ぁいったあぁ!」 「大丈夫、苗木君? ……ッ!?」 どうにも僕は柔らかいベッドのマットから堅い床へと転落してしまったようだ。 頭の鈍い痛みを和らげるように手を擦る。 目を開ければ見上げるような形の霧切さんと目が合った。 「どうしたのさ、霧切さん。さっきからボーッと固まっちゃって?」 「……苗木君、出来れば隠して欲しいのだけど……」 「へ? 隠す?」 「あなたの……股間を」 脱衣場での遣り取りと同じだなぁと思い出した途端、真っ赤な顔の霧切さんとは対照的に僕の顔は青褪めてしまうのだった。 「ご、ごめん霧切さん! また晒してしまいました――ッ!!」 "パカー"再び――! 今度はパンツを履いていたけれど、男の生理現象を隠し通せる訳もなかった。 完